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東京高等裁判所 昭和53年(う)1078号 判決 1978年9月27日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伴昭彦作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここに、これを引用する。

控訴趣意第一点について

所論は、要するに、原審は、(一)原判決挙示の証拠の標目記載の証拠のうち、各証人(高橋満智子を除く)の検察官に対する供述調書は任意性について疑いがあり、特信性もなく、従つて証拠能力がないのに、これらを採用して証拠とし、(二)被告人の検察官に対する各供述調書は、任意性に疑いがあつて、証拠能力がないのに、これを採用して証拠とし、更に、(三)右各供述調書について、刑訴法三二五条所定の任意性の調査をしないで証拠として採用したもので、原判決には、これらの点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

(一)の点について

所論の指摘のうち、受饗応者である金子兵太郎、渡辺博、遠山恒夫、遠山三夫郎、渡辺久、須貝俊郎、須貝哲三郎、井上忠雄、富樫幸吉、渡辺志郎の各検察官調書の証拠能力について検討すると、同人らの原審における各証言によれば、同人らが、原審公判廷において、細部に関する記憶の忘失のほか、被告人に対する配慮から、あいまいな供述をしたり、答を渋つたり、あるいは不自然、不合理な供述をし、殊更に真実の供述を避けている態度が明らかに看取され、これに反し、検察官に対しては、それぞれ当時の記憶どおりの事実を任意に供述し、調書を読み聞かせて貰つたうえ、供述どおりのことが記載され間違いないものとして署名・捺印したものであることが認められ、その内容も自然で合理的であり、料理の品数、酒の本数、価格等相互に必らずしも一致せず、供述者が記憶通りに任意に供述し、検察官がこれを尊重しつつ取調べをすすめた状況が看取されるのみならず、検察事務官渡辺憲一作成の報告書によれば、同人らは右各調書の内容をなす被告人らからの本件受饗応の事実で起訴され、略式命令に応じ、右略式命令はそのまま確定していることが認められるのであつて、同人らの検察官調書に任意性、特信性のあることを優に認めることができる(渡辺博と須貝俊郎は、警察での取調べにおいて、しやべらなければ警察に泊める趣旨のことを言われて心理的に圧迫されたというが、仮りにそうであるとしても、検察官の取調べはその数日後であり、不拘束の取調べであるから、警察の取調との間に因果関係は認められない)。

所論指摘の、その余の伊藤カツ、佐藤イトは、被告人の経営する高勇会館の使用人で、同人らの原審における各証言から、細部の点の記憶の忘失は自然としても、主人である被告人の面前での不利益供述を避ける態度は明らかであり、これに反し、検察官調書は、検察官が高勇会館へ赴いて取り調べた結果録取されたものであり、同人らもありのままを記憶通り述べた旨証言するところであり、その内容も、よくわからない点はよくわからないと述べ、また、警察における供述を訂正変更して述べる等、任意性、特信性の存在は明らかである。

原審が所論の各検察官に対する供述調書の証拠能力を認めたことに何ら違法のかどはない。

(二)の点について

被告人は、この点について、原審第二一回公判廷において、「警察では、原価の五〇〇円分の酒食を提供したといつたところ、はじめからそういう考えをして貰つては困るといわれ、云い合いになり、前科が本件に加算されるといつておどされ、あんたは営業をしているのだから、その営業上の値段を出せといつて連日連夜責められ、他の人がいつていることを認めないと出られないぞと脅迫され、最終的に一、〇〇〇円前後の料理ということになつて行つた。検事調べの時には、警察の調書に基づいて事情をきかれ、違うというと出るのが遅くなると思つて認めた。」旨供述するが、被告人は、逮捕された日である昭和四九年一二月一一日の警察官調書において、すでに、「一人当り一、二〇〇円ないし一、三〇〇円の見当でご馳走をし、会費五〇〇円を超える分については私達投票のお願いをする者のお礼の意味にしようと思い、一人当り料理を五品七〇〇円ないし八〇〇円位、酒三、四本四〇〇円ないし五〇〇円位を出した。」と供述しており、一二月二一日、二二日付の各警察官調書においては、「料理七品一、〇〇〇円位、酒五本五〇〇円位、合計一、五〇〇円位」ということになるのであるが、他方、検察官調書では、同年一二月一六日調書によれば、「確実に出した五品の値段は四〇〇円ないし四五〇円で、もう一品出したかどうかはつきりしないが、もし出しているとすると、五〇〇円ないし五五〇円になる。酒は一人平均五本(一本一〇〇円)見当で出した。」とされ、同年一二月一八日付調書によれば、「料理六〇〇円、酒五〇〇円、室料五〇〇円、ジユース三〇〇円、税金一一八円、合計一人平均一、三〇〇円相当」とされ、同年一二月二七日付調書において、「一人当り料理一、〇〇〇円位、酒五本五〇〇円位、合計一、五〇〇円位」ということになつているのであるが、前記使用人らの供述調書では、料理の値段は一、二〇〇円とされ、受饗応者らの供述調書中には一、五〇〇円とも供述されているものがあるのであつて、これらのことから考えると、被告人は、逮捕直後から任意に自白していたもので、ただ、価額の点は、被告人が右一二月二七日付検察官調書で供述しているように、本当の価額では五〇〇円の会費との差額が余り大きくなりすぎて、饗応を受けて検挙された人達にそれだけ多く迷惑がかかるから、できるだけ少な目に供述したものと認められ、被告人が釈放(同年一二月二八日)された一ヶ月後の調書である昭和五〇年一月三一日付検察官調書にも、右価額の点や価額の変せんの点等について、全く同旨の供述が繰り返されていることをも併せ考えると、被告人の原審公判廷における前記供述並びに当審公判廷の供述は信用し難いばかりでなく、検察官が被告人の供述の自発性、任意性に意を用い、警察の調書とは別に、その任意の供述を録取した状況が明らかに看取されるのであつて、被告人の検察官に対する各供述調書の任意性に疑いを容れる余地はない。

(三)の点について

刑訴法三二五条の任意性の調査は、必ず検察官をしてその供述の任意性について立証させねばならぬものではなく、裁判所が適当と認める方法によつてすれば足りるのであつて、その調査の方法についても格別の制限はなく、当該調書の内容自身も調査の一資料となるものであり、その時期は証拠調後でもよいと解される。原審は、取調べについての当該供述者の公判廷での証言、取調べ済みの関係証拠、当該供述調書の内容等から、任意性を調査し、これを認めたものであることは記録上明らかであつて、かかる原審の措置には、何ら違法のかどはない。

以上の通り、原審には所論のような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

同第二点について

所論は、要するに、原判決には、(一)本件で被告人が提供した酒と料理は一人当り五〇〇円相当(材料原価)に過ぎないのに、一人当り約一、〇〇〇円相当の酒食を提供したものと認定した点において、また、(二)会費五〇〇円の懇親会で五〇〇円相当の酒食を提供したもので、饗応の故意はないのに、饗応の故意があつたと認定した点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、饗応に供された飲食物の価額は時価(市価)相当額というべきであり、本件のような割烹旅館で饗応に供された酒食の価額は、所論のような材料の原価によるべきものではなく、饗応罪の性質に照らしその店における料金相当額によるべきであるところ(けだし、被饗応者は饗応物の市価相当額の利益を享受している筋合であるからである)、原判決挙示の各証拠によれば、(一)本件饗応飲食物の価額が少なくとも一人当り約一、五〇〇円であり、会費五〇〇円を差し引くと、少なくとも一人当り約一、〇〇〇円となること(この点は原判決が詳細に認定・説示するとおりである。なお、室料、サービス料を原判決が加算しなかつたことの当否は格別として、その点は被告人に利益な計算に帰することがらである。)、および、(二)被告人には、右のとおり、一人当り会費を超える約一、〇〇〇円分の酒食を原判示選挙運動の報酬として提供する旨の認識、すなわち饗応の故意があつたこと、を認定するに十分である。この点に反する被告人の原審並びに当審公判廷の供述は措信できない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。

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